イーガンの短編集「ひとりっ子」の「ルミナス」を読み終えました。感想はイーガンは神!という一言でしょうか。以下、ネタばれ含む。
晒し文章。括弧内文章はkaseが一読後に興奮して書いたもので「ルミナス」と関係ないです。

ブーロス流の第一不完全性定理の証明を前提にした話(と個人的には読んだ)。第一不完全性定理の趣旨は、テクニカルな意味を抜きにすれば、証明可能性という計算論的な概念は、真であるという定理の様相概念よりも「弱い」というものです。では、現状では証明できないが真である定理を証明するためにより強力な形式体系を作り出せばどうか。つまり、計算力を豊かにすることで、証明可能な定理の範囲をより広げればよいのではないか。こうした発想に対して、ゲーデルがとどめを刺したことは知られています*1。ある系の無矛盾性を議論の根底に置く限り、必ずその系には属さない真なる定理がでてくるというのが、ブーロス流の第一不完全性定理がイメージとしてもたらすものでしょう。つまり、そうした系には属さない真なる定理こそ、系の境界であり、系と系の外の接線だともイメージとしては考えられるでしょう。

境界ということは、向こう側があるということです。地平線というものが、常に「私たちから見た」地平線であるように、系の無矛盾性というものは「私たちを基点とした」系の話です。では、地平線にも視点のオルタナテイブがあるように、系にもオルタナテイブがあるとすれば、そのオルタナテイブな系にとっても、その系には属さない真なる定理があるのではないか*2。つまり、境界があるのではないか。そして、そうした境界において、あるオルタナテイブな系が接している系が、たまたま私たちの系であるとすれば、境界を巡る系間の攻防が生じるのではないか。。そんな発想を元にルミナスは描かれています。本当に、イーガンの独創力って神レベルですね。感服。

計算論や超準モデルといったものを基底として彼らの系を理解するということが私の数学力では無理でした。でもとても面白かったっす。何度でも言いますが、イーガンは神*3

という感想を書いた後にルミナス評をネット巡回してみたのだが、げっ、ゲーデルのゲの字も出てこないことを知る。うー、俺の理解が間違っているのだろうか。また明日考えようと思う。


一日経って、「ルミナス」をもう一度正確に読み直す。うー、昨日の俺のルミナス評ダメダメじゃん。ルミナスにおいて、議論の中心となっているのは有限な物理的な系と定理の関係の問題で、物理的な系によって証明されなければ、任意の定理の真理値は決まっていないという議論が前提。で、この構成主義的な考えのもとで、系を踏破していった先に変な定理が出てくると。それがたとえば言説S。「S」の真理性を証明し、その真なる言説Sを系に組み込むと、今度は言説Sの否定が証明される。こいつは自己矛盾だね、と。更に言えば、系自体が無矛盾じゃなくなるねと。ゲーデルの議論は、あくまで証明可能性という概念が真理概念よりも「弱い」概念であることを示したものであったのに対して、「ルミナス」は証明が可能であるのに、真理値が曖昧になる言説の存在を仮定して、その言説を系の境界線とみなし、こちらからみた境界線の対岸に異なる系があるとすればどうなるかという筋で書かれている。

あー、昨日の話はベラベラと偉そうなことを言っているわりにはピントがずれていました。恥ずかしいけど、今後の戒めのために晒しておきます。

で、個人的に考えることとは、「S」の真理性を証明し、その真なる言説Sを系に組み込むと、その系は「S」の真理性を証明した系よりも豊かな系になるのだと思うのだけれども(証明された定理の個数が増える)、なぜに豊かな系においては、今度は言説Sの否定が証明されるのかという点。真なる言説Sを系に組み込むと、組み込む以前の系と真なる言説Sが不整合になるということか。となると、どうして組み込む以前の系で言説Sの真理性が証明されたのだろう。。むー、馬鹿なりにもう一度考えてみよう。

イーガンはこの事態を説明するためにオルタナティブな系を設定して、2つの系間の競争をみごとに描く。不正確な言い方をすれば、どちらかの系に引き寄せられると境界に位置する定理はその引き寄せられた系に対して真となる。では、系が定理を引き寄せる力は何か。それは、系の物理的な拡張のために駆動される計算機のマシンパワーである。系の拡張に用いられる物理的な力が強ければ強いほど、多くの定理を自身の系に引き寄せられる(つまり、多くの系の真理性を証明することができる)。イーガン神すぎるよ。


ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

*1:初等的な自然数論を含む形式系において、真でありながら、その証明も、その証明の否定も導出できない定理を「作り出す」ことが原理的に常に可能だというのが第一不完全性定理の意味すること。

*2:そしてそうした系は無限にある。

*3:何をいまさらと言われそうですが